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サムライガーリックは子供の頃からの記憶です

サムライガーリックは子供の頃からの記憶です

サムライガーリック。なんとも猛々しいニンニクの名前だが、相馬野馬追の歴史ある浪江町ならさもありなん。ところがこのニンニクを就農2年目の女性がたったひとりで作っている、と聞いたら。自身をピカピカの新人農家という、吉田さやかさんにお話を伺った。

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名刺に馬の横顔をモチーフにしたロゴの思い

浪江生まれの浪江育ち。進学も県内で、就職も県内の企業だった。生粋の浪江っ子で、実家は代々米作りを主な生業としてきた。一時避難時は福島市に逃れ、東京の浅草でインバウンド向けに甲冑を着て撮影ができるサービスを立ち上げたこともあったが、現在は北幾世橋地区に家族とともに居を移して、浪江での暮らしを続けている。近く生家の改修が終わったら「ようやく本腰をいれて浪江で生きていける」と嬉しそうに話す。当然浪江に対する思いも強い。震災前、生家の周辺で当たり前に見られた「じっちゃんやばっちゃんの働く姿」がすっかり見られなくなったことは取り返すことのできない風景だそうだ。

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名刺交換をさせていただくとその名刺には『LANDBUILD FARM(ランドビルドファーム)』とあり、そこには誇らしげに馬の横顔をモチーフにしたロゴが描かれている。

「会社は農業法人としてのもので、弟が管理していますが、実際農家として就農しているのはわたしです。ただ馬のトレードマークはわたしたち家族の一番大切な部分を象徴するものというか、失くしてはいけないもの、アイデンティティのようなものとして掲げています」

馬の世話をすることが当たり前の日常だった

生家は代々相馬野馬追に参加、自宅から馬と共に出立していく家族の姿をいつも誇らしく思ってきた。馬の飼育もしてきた。家の前に広がる田畑と、馬の世話をすることは当たり前の日常だった。室原地区の生家ではもちろんのこと、現在の生活基盤である北幾世橋地区の自宅にも厩舎を構えて、常時5〜6頭の面倒を見ている。生家の厩舎の改築工事を家族総出、自分たちの手でやり切ったことはいい思い出だ。乗馬の腕前を尋ねると「馬は大好き。でもまったく乗れません(笑)、もっぱら眺めているだけです」。

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厩舎には現在5〜6頭の馬を飼育している。馬がいることが当たり前の生活だそうだ

取材は5月上旬。伺った日は前々日までの雨も去り、晴天の日だった。われわれが到着すると、畑の真ん中から作業着姿の吉田さんが手を振って迎えてくれた。雑草の除去に追われているところだった。

可能な限りひとりでやる

「先輩農家さんに笑われちゃいます。この季節、雨の後はあっという間に雑草が生えてきちゃうんですが、なかなか手が回らなくて」

家族や友人、先輩農家の手助けや教えが本当にありがたいと言いながらも、基本的に全ての作業はひとりだ。現在のニンニク栽培用の農地は、震災後に耕作放棄地となり竹藪と化していた土地を譲り受け、開墾した。およそ50a(5000㎡)に8000株を植え付けている。それにしてもなぜ、世界の流通量の大半を中国が占め、日本国内の流通からみても決して上位ではない福島で”にんにく”だったのか。そこにはあまりにも明確な3つの理由があるのだそうだ。

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一本一本手作業で雑草を取り除く。「誰とも話さず雑草取りで1日が終わることもしょっちゅう」と笑う

なぜニンニクだったのか。明確な3つの理由

「浜通りの人たちにとっては当たり前ですが、この地域はかつおの刺身に赤ニンニクのすり下ろしを添えて食べるんです。赤ニンニクはすり下ろすと香りが高く、ねっとりとした独特の食感があります。小さい頃は行商のおばちゃんが一本鰹をもって売り歩かれていたものですが、その姿と、夕食時に家族みんなが集まる光景、そしてニンニクで食べるかつおの味は自分の原風景のようなものなんです。それを取り戻したかったんですね。

それから、人が住まなくなった場所での獣害はじつは深刻な問題です。なにを作付けしようか考えたときに、まず獣害にあいにくいものは何か、から発想しました。ひとりですべてを行おうとしたら結果的に、ニンニクだったというのも大きな理由です。

そして6次産業への転換の可能性です。ニンニクは世界であらゆる料理に使用されますが、特徴づけがちゃんとできれば世界規模の食材になり得ますよね。それから、黒ニンニクやガーリックオイル、バーベQソースのように加工食品としても流通できますし、そうすればただでさえ対貯性の高いニンニクをもっと長い期間をかけて販売できることができますから」

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これが出荷状態の「サムライガーリック」。今後はより広い一般流通を目指していくそう

一番大切なアイデンティティを名前にしたかった

”サムライ”というネーミングというのはブランディングのためかという問いには

「たしかに海外に進出したときにはキャッチーかも知れませんね。けれど、サムライと名付けたのはやっぱり自分たちの一番大切なアイデンティティを名前にしたかったというのが本当のところです。サムライがまだ生きている土地で作られたものという意味と、サムライの馬の馬糞堆肥によって作られたということを表現したつもりです。」

すでに2022年11月に商標登録まで終えた<サムライガーリック>は、”サムライが所有する野馬追に参加している馬の馬糞による堆肥を使って作られたもの”でなくてはならない。実際のところ、吉田さんが使用する馬の堆肥というのはその大半がおがくずを食した馬糞で、やわらかく、水捌けが良く、保水性、保肥力があるということだ。味の評判も上々だそうで、すでに浪江町でフランス料理店『HAGI』からも初年度の収穫分を絶賛されたそう。馬の堆肥の可能性は計り知れないものがありそうだ。

「昨年の初回出荷分はおかげさまですぐに完売となりました。ここからはさらに栽培面積を200aに広げ、3万株へと生産規模を拡大させながら、6次産業化へも着手したいと思ってます」

生家の修復、農泊、ニンニクの6次産業化。やることがいっぱいです

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生家の裏にはまだ厩舎が残る。母家はほぼ改修とリノベーションが終わり、民泊など多角的な活用方法を模索していく予定とか。

ひと通りのお話を伺って「時間が許せば」と案内されたのがこの春(2023年3月)に帰還困難区域解除となった生家だった。築140年の古民家は、古民家というのが憚れるほどに構えの素晴らしい作りで、内装はほぼ全面的にリノベーションを施したそう。母家の隣にはかつて養蚕に使用されていたという別棟が改修されて、ニンニクの6次産業化へ向けての加工場となるようだ。

「もっと浪江を知ってもらいたい。そのためにここを農泊、農業体験の場にできないかとも考えています。同時に、6次産業化へ向けても具体的に動き始めます」

サムライガーリックの生産は自分の記憶の中の浪江での家族の生活の記憶を守っていくことという吉田さん。大事にしているのは「ないものを羨むより、今あるものを大切にする」という考えだそうだ。

取材:2023年5月

文:前田陽一郎 写真:高柳健 Words:Yoichiro MAEDA Photography:Ken TAKAYANAGI


PROFILE
吉田さやか(よしださやか)さん 株式会社ランドビルドファーム。
短大を卒業後、地元企業に就職。東日本大震災を機に起業し、インバウンド向けのアクティビティ事業「Be a Samurai-和坐」を展開。甲冑の着付け体験を浅草で行う。2021年に家業の一つである農業の担い手になるため新規就農し、現在はニンニクを栽培する農家。生まれ育った築140年の古民家をプラットフォームとして再生し、滞在プログラムなどコンテンツの企画にも注力している。

Instagram(ランドビルドファーム公式)▶︎  https://www.instagram.com/landbuild_farm/