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馬と仲良くなれば、 豊かになれることを証明したい

馬と仲良くなれば、 豊かになれることを証明したい

一般社団法人『HorseValue(ホースバリュー:以下ホースバリュー)』は「馬の社会価値を高める」をミッションに、南相馬市小高地区を拠点としたスタートアップだ。第二期フェニックスプロジェクトにも採択され、現在は厩舎の建設やホースコーチング、“うまさんぽ”と名付けられた乗馬トレッキングなど様々な事業を展開している。それにしてもなぜ、東京で生まれ育った代表理事の神瑛一郎さんが馬とともに南相馬に移ってきたのだろうか。

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やりたいことをやれる土壌があった

「馬と事業がしたいから」。それが神さんの根幹にある強い思いだ。

岩手県の滝沢市や北海道など、いくつか事業を開始するにあたっての候補地はあった。場所を選ぶ上で大切にしたことは、馬の文化形成がされているか、そして自分が住もうと思えるかどうか、の大きくふたつだった。南相馬には相馬野馬追の長い歴史があり、馬を知っている人はもとより、馬を知らない人からしても、馬に関わりがある事業を起こすことに違和感と拒絶感がないだろうことはイメージできた。一方で自分が住みたいかどうかについては「他の地域に比べてここが一番温暖で居心地がいいかなと思って」と冗談とも本気ともつかない答えが返ってきた。

「自分は地域のためとか、復興のためとか、そんな志があって来たわけではなく、やりたいことをやるためにきたんです」

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借り入れ無し、自己資金で馬を見つけるところから

事業の立ち上げは2020年。オランダでオリンピックを目指していたパートナーと共同で設立した。銀行からの借り入れは無し、自己資金でスタートすると決めていた。

「”ワタリン(ワタリセイリュウ)”と呼ばれる白い馬をメンバーと分担し、最初に30万円で購入しました。意外かと思われるかもしれませんが、馬を購入すること自体はそれほど高価なものではないんです。たいへんなのは飼育と管理。たとえば餌代がうちの場合は月額3万円程度、これにトレーナーが必要になります。僕らの場合はそれを自分でできてしまうからいいんですが、専任の担当を雇い入れるとなると大きなコストですから。餌代だって、コロナ以降は倍額に値上がりして、それはそれでたいへんです。幸い、こうして厩舎をお借りできているのは本当にラッキーですが」

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設立当初のサービスは「うまさんぽ」と「トレッキング」。自分達にできることと運にも恵まれてはいたものの、やはりコロナ禍では厳しい経営状態を余儀なくされたそうで、あらゆることが最悪のスタートだったという。

自分たちにしかできないこと、ホースコーチング

そんな最悪期を脱して現在は既存サービスだけでも目が回る忙しさ。に今年のゴールデンウィークは「馬にはちょっときつかった」というほどの盛況ぶりだったそうだ。それでも「この状況をずっと続けるのは人間も馬も疲弊します」と神さんは断言する。

「あくまでも「うまさんぽ」と「トレッキング」は相馬の街と人と馬の接点であり、いわばBtoCの事業。僕たちにしかできなくて、事業経営の根幹になるもの」として神さんたちが力を入れようとしているのがBtoB事業としてのホースコーチングだ。

ホースコーチングとは、馬のミラー効果(人の心の状況や状態を馬が感じ取って行動として反映されること)を通じて、自己内省や相互理解、チームビルディングを深めることだそうだ。

「たとえば、一見、円滑に組織運営ができているように見えるチームに馬をいれることで、じつは意外に緊張感がある組織だということを馬が知らせてくれたり。それに交流分析をかけあわせて、ホースコーチングと呼んでいます」

ホースコーチングの法人契約は現在4社。その中には、南相馬市役場職員の管理職向けのホースコーチングが決まっている。理想は10社ほど契約ができること。現在進めている厩舎の設備の投資や人材採用など様々なことに幅を利かせる事ができるという。

ホースコーチングなど、法人向けの事業で経営を安定させ、個人向け事業である「うまさんぽ」と「トレッキング」はこの南相馬市小高地区の魅力として続けていくことが重要という。

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馬の街なのに、馬が近くにいない街

ホースバリューは第二期フェニックスプロジェクト採択者として、新たに街なかに厩舎を建設予定だ。

厩舎を建てる理由は小高地区を馬の街にしていくためだ。馬の街とは「人と馬が身近で、もっと気軽に会える状態でなければならない」と神さんは考えている。

「南相馬市の人口はおよそ5万人います。伝統行事である野馬追には、500人ほどが出馬するそうですが、350~400人は地元の人で占められるんです。一聞すると7〜8割の参加者が地元で賄えるなんて、ともとれますが、5万人の人口がいて、100人に一人くらいしか出馬しないと捉えるとどうでしょうか。僕にとってはこれでは“馬の街”ではないんです。もっと馬へのアクセスを良くしていかないと。それが馬の街へつながる一歩だと思うんです」

中には匂いや衛生上の理由などから、街なかでの厩舎建設の反対の声がないわけではない。

「いろんな意見が出るのは当然だと思います。それでも、馬を人間の生活領域に近づけて行きたいし、そもそも僕の個人的な興味もある。正直、あまり打算的ではないかもしれないですね」

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また、街なかの厩舎を野馬追の際、皆で出陣できる場所としての活用も考えているという。現在野馬追に出ている方の多くは一個人の場合が多く、出発の興奮を一般披露できる家は限られていると聞くためだ。野馬追の継承者が減っていくなど課題はあるが、伝統は守りつつ、時代やフェーズにあった残し方も地元の方々と考えて行きたい。そのために自分たちの厩舎が役に立てればいいとも考えているそうだ。厩舎を作り、馬を知って、馬の世界に関わってみたい、そう思ってもらえる場作りをしていきたいという。

社員が全員ベンツに乗っているような状態

そんなホースバリューの3年後の未来について聞いてみた。返答は至ってシンプル。

「社員が全員ベンツに乗っているような状態」

社長が贅沢できるようになるのではなく、社員全員が高級車に乗れる事を目標にできる環境にしたい。10人で年10億円規模の事業を目指し、そうした世界を実現していくと断言する。どうやら自身のシミュレーションでは不可能ではないらしいが。

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「とにかく馬が好きなんです。けれどもその気持ちを働いてくれる全員に押し付けるのは違うと思う。馬と仲良くなれば、精神的にも経済的にも豊かになれることを証明したい」

馬を深く学ぶためにドイツ留学をし、学生時代は学費を稼ぐため歌舞伎町でホストをしていた時期もあったと、少々一般人には思いもよらないような様々な経験をしてきた神さん。そんな経験と馬に対する強い思いが、馬と人の新しい未来を切り拓いてくれそうだ。

取材:2023年5月

文:小川 直樹 写真:高柳健 Words:Naoki Ogawa Photography:Ken TAKAYANAGI


PROFILE
神瑛一郎(じん・よういちろう)。1995年東京都生まれ。小さい頃から馬と触れ合い、2008年に全日本ジュニア障害優勝。2009年~2010年は国民体育大会に出場を果たし、2013年は日韓馬術大会日本代表を務める。ドイツ留学を経験し、2020年に福島県南相馬市小高地区にて一般社団法人HorseValue(ホースバリュー)を設立

H.P. 『HorseValue』(https://horsevalue.jp/
Instagram (https://www.instagram.com/horse.value/