【リポート】一人でも多く伝えたい カメラマン視点から見た「相馬野馬追」の魅力
陣螺(じんがい)が鳴り響く。一千年の伝統の祭り「相馬野馬追(そうまのまおい)」のはじまりの合図だ。YouTubeから繊細で力強い映像が流れると、画面に惹き込まれた。浪江町在住、Link Films代表・及川裕喜さんの制作した野馬追の動画だ。
2023年7月、相馬野馬追の会場に及川さんの姿があった。大きなカメラを構え、真剣な表情で騎馬武者たちの姿を追う。いつもは温和な人柄の及川さんだが、声をかけることをためらうほどの気迫だ。ファインダー越しに見る野馬追は、どう映っているのだろう。カメラマン及川さんの視点を追った。
TOP Photo by Hiroki Oikawa
「相馬野馬追」は、一年で最も楽しみな日
相馬野馬追は、福島県相馬地方で行われる伝統行事で、国の重要無形民俗文化財に指定されている。2023年は7月29日〜31日の3日間にわたって開催された。例年になく厳しい暑さが続いたが、すべての工程にカメラマン及川さんの姿があった。
及川さんが浪江町に移住をしたのは2020年のこと。野馬追の撮影は3年目だという。
「受け継がれてきた歴史の中の数年を撮影させてもらっただけなので、自分はまだまだ若輩者で……」と謙遜しながらも、「野馬追は僕にとって一年で一番楽しみな日なんです」と目を輝かせる。一千年の伝統は、カメラマンにこう言わせるほどの魅力があるのだろう。
動画を通して伝統を伝えたていきたい
岩手県陸前高田市出身の及川さんは、浪江町に移住するまで「相馬野馬追」の存在すら知らなかったそうだ。はじめてこの祭りを目にしたのは、2020年のこと。威風堂々としたサムライの姿に衝撃を受けたという。
「浪江町出身の妻から以前から野馬追の話を聞いていて、興味は持っていたんです。はじめて野馬追を見た年はコロナ禍だったので、見どころとなる甲冑競馬、神旗争奪戦は行われず、神事だけでした。それでも、サムライたちのカッコよさに驚いたのを今でも覚えています。それ以降、この祭りの虜です」
2022年、ようやく通常開催となり野馬追をすべて見ることができた。及川さんが見た景色と興奮をそのまま3分間の動画にまとめYouTubeへアップすると、想像以上に大きな反響を呼んだという。動画は現在までに7.7万回再生されている。
コメント欄には「はじめて、こんなお祭りがあるのを知りました。現地に行って見てみたい!」「野馬追の迫力に圧倒されました。今まで知らなかったことを後悔してます」などの声が寄せられている。動画を通して、相馬野馬追の存在を知ったという声も多いようだ。
「今までニュースや観光要素の強い野馬追の動画はたくさんあったのですが、会場の空気や気迫が伝わる動画ってあまりないような気がしていたんです。僕はとにかく、野馬追のカッコよさを伝えたいと思いました。少しでも相馬野馬追という伝統を知ってもらうきっかけになれたらうれしいです」
出陣するような気持ちでカメラを握る
今年の野馬追は、標葉郷の吉田賢人さんの協力で準備段階から撮影に入らせてもらったそうだ。だからこそ、多くの人の支えがあってこそ受け継がれてきた伝統なのだと感じた。カメラを握る手にも自然と力が入る。
「ファインダーをのぞくと、野馬追に出陣する人たちの本気が伝わってくるんです。だから、自分も本気で、戦に向かうような気持ちで撮影に挑んでいます」と及川さん。
「野馬追に出場する騎馬数は、多い時で600騎ほどいたそうですが、年々数が減少していて、今年は361騎だと聞いています。この伝統が途絶えることなく、この先もずっと続いてほしいです。自分が撮影を通してできることはわずかですが、少しでも多くの人に野馬追の魅力を伝えていきたいと思っています」
2023年、及川さんがYouTubeへUPした映像は、野馬追に関わる人たちの表情や仕草がよりフォーカスされていた。あの日の熱気とそこに関わる人たちの想いが凝縮されているかのようだ。福島が誇る伝統は、これからも多くの人を魅了していくだろう。
取材:2023年8月
文:奥村サヤ 写真提供:及川裕喜
PROFILE
及川裕喜さん。岩手県陸前高田市出身。専門学校卒業後、約10年にわたり作業療法士として従事。2020年、奥様の地元である浪江町に移住。独学で映像を学び、2021年映像制作事務所「Link Films」を設立。浪江の魅力を発信する動画や地域企業のPR動画などを数多く制作している。
https://link-films-hiro.com/