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【リポート】1000年続く伝統行事 後継者視点から見た「相馬野馬追」とは

【リポート】1000年続く伝統行事 後継者視点から見た「相馬野馬追」とは

TOP Photo by Hiroki Oikawa

相馬地方を舞台に繰り広げられる「相馬野馬追(そうまのまおい)」は、今から1000年以上もの昔、平将門が野馬を敵兵に見立て軍事演習を行ったことがはじまりと伝えられている。地域の繁栄と安寧を祈る神事として、この地に脈々と受け継がれてきた。 小学生のときから野馬追に参加する株式会社SAM代表取締役の吉田賢人さんも、伝統を引き継いだひとり。「野馬追がなかったら、今とはぜんぜん違う人生を歩んでいたと思う」。野馬追に出陣する吉田さんを追った。

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戦国時代にタイムスリップ!?

「一言申し上げます!」「承知!」サムライたちの勇ましい声が響き、甲冑に身をつつんだ騎馬武者が、町を闊歩する。まるで、戦国時代にタイムスリップしたみたいだ……。この日、はじめて相馬野馬追を訪れた筆者は、その迫力に圧倒され立ちすくんだ。

2023年の相馬野馬追は、相馬市と南相馬市を舞台に7月29日〜31日の3日間にわたって開催された。灼熱の太陽が照りつける中、暑く、熱く、370騎の騎馬武者たちが進軍する。

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出場馬の大半は全国各地の競馬場で走っていたサラブレッド。甲冑競馬はサラブレッドを乗りこなす力量が必要とされるのだとか Photo by Hiroki Oikawa

行列は隊列を整えながら、メイン会場となる「雲雀ヶ原祭場地」を目指す。陣螺(じんがい)が鳴り響くと、「甲冑競馬」のはじまりだ。騎馬武者たちが一斉にスタートし、土ぼこりが舞う中を人馬一体となって疾走する。背中に差した先祖伝来の旗が風を切る音がドドドドーッと響き渡り、目の前を力強く駆け抜けていった。あまりの迫力に、全身に鳥肌が立った。

馬とともに人生を歩んできた

吉田さんがはじめて野馬追に出場したのは、小学校3年生のとき。

「自宅裏に厩舎があり、馬とともに生きる生活が当たり前という環境で育ちました。野馬追に出場する父の背中を見て『いつか自分も出たい』と憧れていました。はじめて参加したときはすごく緊張したことを覚えています」

小学生のころは町を練り歩く「お行列」のみの参加だったが、中学生で馬術競技を習いはじめ、高校生になると「甲冑競馬」に出場。上京して大学進学とともに野馬追から離れたが、強豪馬術部で腕を磨いた。卒業後は千葉県の乗馬クラブに7年間勤め、まさに馬とともに人生を歩んできた。

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Photo by Hiroki Oikawa

29歳で故郷の浪江町へ戻った。念願の野馬追は、10年ぶりの出場になった。乗馬クラブでプロとしてキャリアを積み上げ、自信もついてきた吉田さんは「甲冑競馬で勝てるのでは?」と密かに思っていたという。

「結果は惨敗でした。甲冑競馬は強くて速く走れる馬を準備すれば勝てるという単純なものではありません。トレーニングをしっかり重ねて準備をしてのぞまなければ、勝つことは難しいと痛感しました。1年目はそれを怠っていたので、結果がついて来ませんでした。甲冑競馬に出場する人のほとんどは、普段は一般的な仕事をしている地域の方たちです。それでも、乗馬クラブのスタッフより上手いんじゃないかな。伝統を受け継ぐ人たちのパワーを改めて感じましたね」

野馬追の約2ヶ月前から始まる本格トレーニングは、朝4時から毎日行う。8時には片付けを終え、会社に出勤するというルーティンだ。野馬追に向けて大変な準備も、吉田さんは「この地域の人たちは当たり前ですよ」とこともなげに笑う。

努力と準備を重ね、野馬追に挑むサムライたち。その魂を受け継いできたからこそ、見るものを圧倒するほどの迫力を放つのかもしれない。

伝統を正しく後輩へつないでいく

今年の甲冑競馬の結果は2着に終わったが、吉田さんは顔をほころばせてこう話してくれた。

「野馬追が終わるといつもは寂しい気持ちになるんですけど、今年は仲間の女性騎馬武者・伊藤彩葵さんが、螺役騎馬1着、神旗争奪戦でも御神旗を取ってくれました。伊藤さんは今年が最後の出場です。仲間たちと伊藤さんを勝たせることを一番の目標に立ててやってきました。どちらも達成してくれたので、やりきった満足感の方が大きいです」

野馬追での女性の参加条件は「未婚の20歳未満まで」と決められているため、19歳の伊藤さんは今年が最後のレースだったという。有終の美を飾ったことは快挙だ。

さらに、今年は例年にない過酷な暑さのなかで行われた。馬たちに水をかけ、うちわで仰ぎ、献身的にサポートする人たちの姿も印象的だった。

「野馬追は荒々しいイメージを持つ方も多いかもしれないけど、馬は道具ではなく、家族のような存在です。野馬追が終わったあとは馬も体重がガクンと落ちるほど体力を使っています。本当によくがんばってくれました」と優しい眼差しを向ける。

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「野馬追は決して1人では出場できません。家族や親戚、友人、町の人たちがサポートしてくれるからこそ馬に乗れているし、全員で継承していく伝統だと思っています。野馬追はその形を変えず、1000年以上続けてきたからこそ魅力があります。先輩たちが守ってきた伝統を、今度は自分たちが後輩へ正しく伝えていきたいです」

話を伺わせてもらったのは、野馬追が終わった翌々日のこと。けれど、吉田さんはすでに次の野馬追を見据えていた。サムライたちの闘いはすでに始まっている。

取材:2023年8月

文・写真:奥村サヤ 写真提供:及川裕喜


PROFILE
吉田賢人さん(よしだけんと) 株式会社SAM代表取締役。福島県双葉郡浪江町生まれ。父の影響で小学3年生から野馬追に出場。明治大学体育会馬術部に所属。大学卒業後は千葉県の成田乗馬クラブで7年間勤めた。29歳で浪江町に戻り、念願だった相馬野馬追に出場している。代表を務める株式会社SAMでは、主に復興事業や再生可能エネルギー事業などに携わっている。

■相馬野馬追
HP:https://soma-nomaoi.jp/