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福島の明るい姿を花で表現し、世界に届けたい

福島の明るい姿を花で表現し、世界に届けたい

青空から、あたたかな陽ざしが降りそそぐ晩秋に、紅葉した阿武隈高地に向かって車を走らせる。美しい木々のトンネルをくぐり到着したのは、南相馬市小高区にある「hinataba-ヒナタバ-(以下、ヒナタバ)」。福島県で生まれ育った夫婦が営む、花卉農家兼お花屋さんだ。

「こんにちは」

そう言って、生後7カ月になる娘さんと一緒に出迎えてくれたのは、菊地沙奈さん。最初は少し緊張しているようにみえたものの、ひとたび話し始めた彼女はると、エネルギッシュでとにかく明るい。やさしい花の香りに囲まれながら、仕事や暮らし、今につながる幼少期や学生時代の経験について伺った。

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ヒナタバのアトリエ。ドライフラワーもたっぷり

銀行員から花卉農家へ夫婦で転職

福島県浜通りの北部にありながら冬でも温暖な南相馬市。その気候をいかして、ヒナタバでは年間約50種類の花を育てている。育てた花の約9割は、花卉農家らしく市場へ卸売りをするそうだ。

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取材した11月は、畑の紅葉が美しい季節

「残りの1割は、アトリエでの店頭販売や県内のお花屋さんへ直接配送しています。食べチョクなどの通販サイトを通して、お届けすることも多いですね。あとは、イベント出店も!南相馬市に限らず、福島市や郡山市など、いろいろな場所へ出かけています」

そう話す沙奈さんは、とても楽しげだ。夫・直樹さんが育てた花の出荷や、イベント出店に向けた準備、リースなどのフラワーアレンジメントづくりが沙奈さんの役割。夫婦それぞれの役割を楽しみながら、多くの人に花を届ける方法を一緒に考えてきた。

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生育担当は直樹さんだが、沙奈さんも畑に花を見に行くのが好き

沙奈さんと直樹さんは前職時代の同期で、銀行員として出会った。当時は恋人だった直樹さんが花卉農家への道を歩み出した2年後に結婚をして、沙奈さんも花の仕事を始めたそう。夫婦で足並みそろえてスタートしたのではなく、それぞれが自分がやりたいことを選んだ先に、花があったのだそう。

海外で働くことを夢見た子ども時代

沙奈さんの祖父母の家は、日本でも有数のカスミソウ産地である福島県昭和村にあり、カスミソウ農家を営んでいた。今の仕事に就くのに影響したことがあったのではと想像したが、「花は身近な存在だったけど、自分が花の仕事に就くとは思っていなかった」と、返ってきた言葉は意外だった。

「小学生のころに両親が海外旅行に連れて行ってくれて、英語が大好きになったんです。中学校は英語教育に力をいれている学校に進学したり、ホームステイにも行ったり。周りの友だちも留学するのが当たり前の環境だったこともあり、将来は海外に携わる仕事をするのが夢でした」

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欧米やヨーロッパへの憧れが強かったという沙奈さんだが、各国から集まった人々と2週間の共同生活を送るボランティア活動に参加した時に、台湾や中国など、アジアに対する興味が芽生えた。

「台湾人の方々が『日本が大好き!日本に来てよかった!』とたくさん声をかけてくれたんです。でも、正直戸惑いました。当時の私は、日本と中国の間にある社会的問題などから、アジア圏の国に対しては漠然とした嫌悪感があって。だけど同時に、私自身は中国などのことをよく知らないとも感じたんです。そんな私を見かねた父が、中国への留学プログラムを見つけてきてくれて、高校卒業後は中国へ進学することを決めました」

私を通して、福島のイメージを変えたい

中国への出発予定日は、2011年4月。そう、東日本大震災が起きた直後だった。

「実家が全壊してしまい、大変な事態を前に留学は止めるべきなのではと悩みましたが、幸いにも家族全員が無事で、周囲も『言っておいで』と後押しもあって、予定どおり中国に向かいました。われながら、あの時はよく決断したなと思います」と沙奈さんは振り返る。

強い気持ちで飛び込んだものの、異国の地で始まった生活に、沙奈さんはショックを受けることになる。トイレなどのインフラは日本ほど整っておらず、居心地がいいとは言えなかった。加えて福島出身だからこその、辛い思いもした。

「原発事故(※)があったので、福島出身だということがわかると『どうして中国に来たんだ』と、差別されるような発言を受けて辛かったですね。なぜこんな思いをしなきゃいけないんだろうって。とはいえそんな経験が、将来は福島に戻って福島のイメージを変えられるようがんばりたいと思うきっかけになりました」

カルチャーショックはあったものの、沙奈さんや日本からの留学生を歓迎する先生や学生も多くいた。次第に、中国人や韓国人の友人もでき、中国での暮らしを楽しめるようになったという。友人らと切磋琢磨し、留学前に掲げた中国語検定の最上級を取得するという目標を、2年で達成。その後、日本の大学へ編入し、就職活動に励む日々を送った。

※原発事故:東京電力福島第一原発事故

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帰国してからも海外と関わる仕事をしたいという、幼き日の夢は健在だった。福島でがんばりたいという想いを重ね、新卒で福島市に本社を置く東邦銀行へ入行。県内企業の海外進出をサポートする「国際営業部」を希望すると、入社1年後に異動でき、中国への出張にも同行したという。

一方、念願の仕事だったからこそ、思い描いていた仕事とのイメージのギャップに葛藤した。

サポートした企業が海外で活躍する姿を見てやりがいは感じられたものの、もっと自分自身が、海外で活躍したかったんじゃないか。お金や保険など目に見えないものを扱う銀行の仕事にも、続ける苦しさを感じるようになってきた。本当に自分のやりたいことってなんだろう。

モヤモヤを抱える沙奈さんの横には、銀行員を辞めて新規就農した直樹さんの姿があった。直樹さんもまた、お金を通して誰かをサポートする銀行員の仕事ではなく、花の成長を見ることへの興味から花卉農家になる道を選んだのだ。

「人生一度きりだからこそ、やってみたいことをやった方がいいという価値観は二人で同じ。花を育てるのに奮闘する彼を見ているうちに、私も自分から福島の魅力を伝えたいと思うようになり、一緒に花の仕事をしようと決めました」

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アトリエには、人気商品のフラワーアレンジメントも

福島の花をどこまでも届けたい

結婚を機に、夫婦でやりたい仕事へ挑戦。ワクワクしそうなシチュエーションにも思えたが、ヒナタバの創業はコロナ禍の始まりと重なり、初年度は大変だったという。それでも、地道に拡げた販路やお客様との関係性で、事業は少しずつ軌道にのっていった。

「農家さんの多くは、出荷からお客様とのやり取りまで任せられる地元のJAを通して販売することも多いのですが、私たちは、県内外のお花屋さんや市場に自ら足を運んで、花を置かせてもらえるよう交渉し、売り場を増やしてきました」

配送会社の手配などを地道に自分たちで行うことで、コストも抑えてきた。なにより、直接コミュニケーションをとることで見える、お客様の顔がある。

SNSなどを使って、やり取りをするお客様も多いそうだ。店舗での生花の販売は不定期でだからこそ、購入希望のダイレクトメッセージが届くことがあるという。収穫できる花さえあれば、リクエストに応じて販売する。東京の方がInstagramで見つけてくれて、廃棄されてしまうロスフラワーの販売も始めた。住む場所を限定することなく、福島で育てた花を届けられるのは、人との出会いや関わりを大切にするヒナタバだからこそだ。

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ブーケを彩る花の種類も、季節によって変化する

「お客様の顔が見えるイベント出店は、一番やりがいを感じますね。普段は市場への出荷販売がほとんどなので、お客様に目の前で買っていただく機会って、実は貴重なんです。ヒナタバを知ってもらえるならどこへでも行く!という気持ちです」

幼いころから、さまざまな国へ旅をしてきた沙奈さんのフットワークは軽やか。いつの日か、海外にもヒナタバの花を届ける日がくるかもしれない。中国へ留学した時の経験があるから、どこに行っても大丈夫だと思えると沙奈さんはいう。

それでも、「根を張りがんばる拠点は、福島がいい」と言い切る沙奈さんからは、故郷へのあたたかな愛着を感じる。

新しい目標を探して

好奇心にまっすぐ生きてきた沙奈さんだが、娘が生まれ、迷いもうまれているのだそう。

「自分が好きな仕事をできている今は幸せで、このまま続けていきたい。ただ、娘が生まれてから、自分でも戸惑うくらい考え方が変わっちゃいました」

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娘さんも一緒に出勤。取材中も笑顔を見せてくれたり、泣いたりする姿に癒されました

「勉強や仕事など、小さいころから決めた目標に向かってがんばるタイプで、そういう自分も好きなんです。だから新しい目標も考え中なんですけど、最近は仕事ではなく、子育てについて考える時間がほとんどなんですよね。見学に来た子どもが楽しめるような畑にしたいなぁとか、親になったからこその新しい視点も持つようになりました」

ベビーカーに優しいまなざしを向け、話す沙奈さんの言葉からは、娘を愛おしく思う気持ちが溢れんばかりに伝わってきた。

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春に咲く予定のラナンキュラス。「球根から育った姿が愛おしいです」

好奇心に加え、喜びや驚き、悲しみ、痛み......そうした感情を行動の種にして、想いを叶えてきた沙奈さん。これからの歩みについては、「今は花を通して福島を伝えているけど、もしかしたらそのカタチが変わることもあるかも。その時々の自分ができることを楽しんでいきたい」と話す。

花であっても、そうでなくとも。手渡す相手が常連さんでも、初めて出会った外国人でも。想いを届けた先には、きっと沙奈さんの大好きな福島の姿が伝わるだろう。

取材:2023年11月
文・写真:蒔田志保 Words &  Photography:Makita Shiho


PROFILE
1992年生まれ。福島県矢吹町出身。高校卒業後に中国に語学留学し、飛び級で卒業。帰国後は日本の大学に編入し、東邦銀行へ新卒で入行。夫・直樹さんと出会う。結婚を機に2020年秋、南相馬市小高区へ移住。独学でブーケやリース作りなどを学び、hinatabaではフラワーアレンジメントを担当。


hinataba -ヒナタバ-
住所:〒979-2172 福島県南相馬市小高区南鳩原台畑128
TEL:080-6000-6753
HP:https://hinataba.com
Instagram:https://www.instagram.com/hinataba_flower/