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川内村の魅力を「香り」で表現 蒸留酒で世界を目指す

川内村の魅力を「香り」で表現 蒸留酒で世界を目指す

阿武隈山系の豊かな自然に囲まれた小さな蒸留所。その場所が、世界の美食家たちの聖地になったら――。そんな未来を夢見て2023年度のフェニックスプロジェクトに応募、見事認証を得て新規ビジネスを立ち上げたのが株式会社Kokageの大島草太さんだ。大島さんは川内村や田村市都路町を拠点に、「食」で地域を盛り上げるキーパーソンのひとり。「この地の魅力を詰め込んだ蒸留酒で、福島をあこがれの地にしたい」と話す大島さんに今後の展望を伺った。

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「旅が好き」な大島さんの新しい挑戦

バックパックひとつで巡った東南アジア諸国や1年間過ごしたカナダ、そして、アメリカ、キューバ、グアテマラ、メキシコ……旅が好きで、これまで訪れた国は20か国以上。「人と関わるのが好き、お酒も大好き」という大島さんがいま立っているのは、川内村でかつて薬店の倉庫だった2階建ての建物だ。足元にはコンクリートの床が広がり、まだがらんとしている。

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「もともと薬店だったということも、ここを選んだ決め手のひとつです。というのも、蒸留酒は薬として誕生した歴史があるからです。かつて村の方々が薬を求めて訪れていた場所で新たに蒸留酒をつくるということにシンパシーを感じました。川内村という場所、そしてこの建物のもつストーリーも大切にしながら取り組んでいきたいと思っています」

今年2023年6月、浜通り地方の若手創業者を支援する「フェニックスプロジェクト」の採択を受けて動き出した大島さんは、まだ何もないこの場所から、今後1年間をかけて地域の魅力を詰め込んだ蒸留酒を完成させる予定だ。

異国で感じた福島への負のイメージ

栃木県出身の大島さんが川内村に出合ったのは、福島大学の1年生だった2015年。原発被災地の課題解決を学ぶフィールドワークで訪れたのがはじまりだ。

川内村は東日本大震災による原発事故で全村避難となったが、1年未満でいち早く帰村宣言を行った村として知られる。大島さんの見た当時の川内村は、少しずつ日常を取り戻しつつあり、震災後初期の移住者が復興に向けた新規事業をはじめるなど、静かな“変化の機運”に満ちていた。

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「そのころは、震災復興のためにやってきた初期の移住者が生業をはじめていました。自分のしたい生き方を実現し、それが地域の未来にもつながっている。その背中に憧れて、川内村にひんぱんに遊びに来るようになりました」。

大学のフィールドワークでは継続して村の再生にかかわり、同級生たちと考案し販売したオリジナルの「川内ピザ」は大きな話題となった。

その後、大学3年の年に1年間休学してカナダのトロントへ。海外で暮らしてみると、福島が原発事故で背負った負のイメージの根深さを実感した。象徴的だったのが、ホームパーティーで出会った人の「福島は人の住む場所じゃない」という言葉だ。厳しい言葉を浴びせられたことで、福島への想いはますます強くなったという。

帰国した2018年、復学後3年生の夏。「今度は国内を知ろう」と125㏄のバイクで日本一周の旅に出るが、それはやがて移住先を探す旅になり、海外も含めいくつもの候補のなかで、結局最後まで頭から離れなかったのが福島であり、川内村だった。

「川内村にはこれだけ良い素材がありながら、やり尽くされてはいない面白さがある。『面白いことをやりたい』という僕を受け入れ、同じ目線で一緒に取り組んでくれる地元の方々の存在は大きかったです」

「旅するワッフル屋さん」として独立開業へ

日本一周の旅から帰るとすぐに、事業プランを練った。試行錯誤の末、川内村のそば粉と田村市都路町の卵を使った「そば粉ワッフル」を考案。クラウドファンディングで得られた事業資金でキッチンカーを購入し、大学3年の終わりに、“旅するワッフル屋さん”「Kokage Kitchen」として独立開業した。

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週末を中心にイベント出店し、販路を拡大しながら、大学4年の冬には地域おこし協力隊に任命されて田村市都路町へ。そこで休眠状態だったアウトドア施設を使ってクラフトビール造りをする「株式会社ホップジャパン」の本間誠社長に出会う。本間誠社長の「ただビールを造るだけでなく、ビール造りから生まれるコミュニティーを大切に育て、たくさんの人と喜びを分かち合いたい」という思いに共感し、ブルワー(ビール醸造士)の道へ。本間社長も大島さんを応援し、 KokageKitchen  と両立できるよう心を砕いてくれた。

さらに大島さんの挑戦は続く。

地元の農家に「摘果したリンゴをなにかに使えないか」と相談を受けたのをきっかけに2022年3月には福島大学の後輩たちとフルーツハーブティーのブランド「TEA&THINGS」を立ち上げた。企画中に聖光学院高校の高校生もチームに加わり、学生たちとハーブの栽培や商品開発を行い、11月には商品化に成功した。

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キッチンカーでそば粉ワッフルの移動販売(本人提供写真)
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学生たちと取り組んでいるハーブの栽培(本人提供写真)

長く残せる、遠くに運べる酒を

蒸留所の新規立ち上げを考えたきっかけになったのは、かねてより親交があった「かわうちワイナリー」醸造責任者の安達貴さんに「面白いお酒があるから飲んでみる? 」と勧められて飲んだ一杯のお酒だった。

その時、口にしたのはユズをはじめ柑橘系ハーブの香りを効かせた蒸留酒。今まで飲んできたものとは一味もふた味も違っていた。

「移ろいやすい植物性の香りをこんなにフレッシュに残せるなんて……」。大島さんは驚き、強く惹きつけられた。

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「ハーブティーの開発を通じて、植物本来の香りがもつ力を感じていました。同じ資源を使って今度はお酒が造れる。しかも、蒸留酒はアルコール度数が高いので長期保存ができます。例えば 『川内村の森林の香り』を再現したお酒を地球の裏側に届けることだってできるんです。『長く残せる』『遠くに運べる』 これならカナダで感じた福島への負のイメージをひっくり返せるんじゃないかと思ったんです」

本間社長の元で学んだ酒造りの知識と経験。そして、ハーブティーの開発過程で知ったアロマの奥深さ。人との出会いをきっかけに始まり、出会った仲間と懸命に取り組んできた経験が、今度は蒸留酒づくりに生かされる。

川内村から目指す世界一の夢

海外から取り寄せた蒸留酒の空き瓶が並んでいる2階の窓辺。ここで完成品をイメージしながら、大島さんの目ははるか向こうの「世界」を見据えている。「『この地域だからこそこの酒』という必然性が感じられるものづくりをし、川内村の良さを酒造りを通して伝えたい」という思いをベースに目指すのは“世界”だ。

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「世界一の蒸留酒を作り、世界を驚かせたい」

大きな夢だが、ひとりではない。「現在は仲間づくりのフェーズ。お客さんというより、同じ目線で『一緒に面白いことをしよう』という仲間を増やし、たくさんの人を巻き込んで一緒に楽しみたい」という。すでに同じ地域でジャンルは違えど酒造りに挑戦する本間さん、安達さんをはじめ数多くの協力者がおり、川内村の人々も応援してくれている。ほかにもハーブティーを共同開発する福島県内の大学生、高校生やバーのマスター、建築デザインを手がける首都圏の建築学生…… とネットワークが広がっている。

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蒸留を行うのは今後発展が見込まれている川内村の中心地。薬店の倉庫だった建物をリノベーションする

蒸留所の名前は「自然」と「蒸留」を掛け合わせた「naturadistill(ナチュラディスティル)」に決まった。9月下旬から建物の改修工事がはじまり、来年春ごろには減圧式の蒸留器をしつらえて本格的に蒸留酒の製造がはじまる。販売開始は来年秋の予定だ。

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1階のコンクリートの床をかさ上げし、ここに蒸留器を置く予定
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2階の空き部屋にはバーも併設する予定だ
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建築に携わる学生が作成してくれたという完成イメージ

「出会った人とそれぞれのノウハウを生かし、この土地ならではのイノベーティブな酒造りができたら。海外の美食家が自家用ジェットで川内村に降り立つといった未来も描いています。この村に来てから、ずっとにワクワクが止まらないんです」

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取材:2023年9月

文:荒川涼子 写真:及川裕喜 Words:Ryoko Arakawa   Photography:Hiroki Oikawa


PROFILE
大島草太(おおしまそうた)さん 株式会社Kokage代表取締役
福島大学在学中に川内村のそば粉や田村市の卵を使った「そば粉ワッフル」を考案し、キッチンカーで全国販売スタート。事業と並行しながら、田村市のクラフトビール会社「株式会社ホップジャパン」でブルワー(醸造士)として研さんを積んだ。2022年には県産フルーツや自家製ハーブをブレンドしたフルーツハーブティーのブランド「TEA&THINGS」を立ち上げ、大学生や高校生と取り組んでいる。これまでの経験を生かし、自然の魅力を詰め込んだ蒸留所を川内村に立ち上げる新規事業が、2023年6月に一般社団法人HAMADORI13による若手創業者支援「フェニックスプロジェクト」の採択を受けて進行中。蒸留所にはバーも併設する予定で、地域の新しい酒造文化を醸成するとともに、使用する熱源をすべて自然エネルギーでまかなうなど、エネルギーの地産地消に向けたアイデアも評価された。

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