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社会をつくる、一人ひとりの「表現」を応援したい

社会をつくる、一人ひとりの「表現」を応援したい

よく晴れた7月のある日。青空の下、一面に広がる田んぼを横目に車を走らせ、南相馬市小高区にある「表現からつながる家『粒粒』(以下、粒粒)」に向かった。玄関を開けると、朗らかな笑顔の女性が迎えてくれた。彼女は粒粒の家主であり、marutt株式会社の代表の西山里佳さんだ。

粒粒は、クリエイティブに携わる人だけでなく、子どもから大人までさまざまな人が立ち寄る、地域にひらかれたデザイン事務所。仕事場でありながら、気軽にどんな人も参加できるZINEづくりワークショップやマルシェ、デザイン相談会などが行われてきた。

現在は粒粒を拠点に、デザインを通してさまざまな仕事を進める西山さんだが、出身は富岡町。デザイナーになるため上京し、グラフィックデザイナーとしての経験を重ね、2018年南相馬市にJターンした彼女に、浜通りで活動を始めた理由やこの場所で積み重ねる「表現」について伺った。

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これから始まる浜通りを選んで

高校生のころ、音楽が大好きだった西山さんは、CDジャケットのデザインをするのが夢だった。デザイナーを志し、専門学校へ進学するために上京。「当時は、やりたいことを実現できるのは『東京』以外に思い浮かばなかった」と振り返る。

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窓の向こうには一面に田んぼが広がり、季節の移ろいを感じられる

専門学校卒業後 は東京で就職し、CDジャケットやコミックスの広告ポスターなど、グラフィックデザイナーとしてさまざまなデザインに携わった。歩いているだけでいいデザインと出会い、溢れんばかりの情報に触れられ、刺激をたっぷり受ける東京での仕事。しかし、東日本大震災が起きた2011年頃から、だんだんと地方のデザインにも目を向けるようになったという。

2014年には、人口減少が急速に進み、その影響が特に大きい地方都市を盛り上げることを目的とした国の政策「地方創生」が発表された。地方でも、デザインの重要性が認知され始め、東京から地方へ活動の場を移すデザイナーも増えるなかで、そうした人たちの活躍に西山さんも影響を受けた。

「東京にいたころは、広くたくさんの人に届けるデザインを手がけることが多く、エンドユーザーと関わる機会はほとんどありませんでした。なので、コミックスの販促物をデザインした時には、本屋さんにこっそりお客さんの様子を見にいくみたいなことをしていましたね。

デザインの発注に際しても、クライアント会社の担当者から明確に要望をいただく環境でした。地方の仕事は、会社や商品のコンセプト設計というような最初の部分からクライアントと一緒に考えていくイメージがあって、面白そうだなと感じたんです。エンドユーザーも、自分が暮らす地域にいるみなさんとなれば身近な存在。仕事に対する反応も、見えやすいんじゃないかと想像していました」

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2016年頃から、参考になる地方のプロジェクトや移住先をリサーチを開始した西山さんは、ローカルデザイナーとしての新天地に浜通り地域を選んだのだった。

「島根県の北に浮かぶ隠岐諸島の海士町や徳島県の中部にある神山町など、当時すでにまちづくりが盛り上がっている地域もあったのですが、面白そうに見える場所にはすでにデザイナーがいたり、コミュニティがあったりしたんですよね。そこに入るのも楽しそうだったのですが、私はこれから動き出す地域に面白みを感じたんです。原発事故による避難指示が少しずつ解除され、暮らしや生業がこれから生まれてくる浜通りは、ビジュアルに限らないデザインの力が必要になるはずで、めちゃくちゃ面白いじゃん!と思ったんです」

何事にも「デザイン」が求められる環境で

まずは実家のあるいわき市で、東京の仕事と並行しながら活動を始めた西山さん。地方の取り組みに対しては常にアンテナを立て、地方企業や働く人のインタビュー記事が掲載されている「日本仕事百貨」は特によく読んでいたという。そこで、全国各地の自治体や企業とさまざまな事業を展開する「NextCommonsLab(以下、NCL)」のことを知った。

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「その記事では、全国各地の自治体にある地域おこし協力隊制度を活用しながら、起業家支援をするというローカルベンチャー事業が紹介されていて、面白いプロジェクトだなと思って読み進めていたんです。文末の求人募集詳細を見ると、南相馬市でもNCLが発足すると書いてあって、身近なところで始まることに驚きました。

当時は、NCL南相馬の立ち上げのタイミング。今後移住してくる起業家をサポートするコーディネーターの募集で、やってみたいと思いその求人に応募しました。地域と人の関係性を『デザイン』するという意味で、これまでの仕事と同じ部分もあるのかもしれないと感じ、まちや住民と関りながら、コミュニティや関係性をつくっていきたいと思ったんです」

西山さんはNCL南相馬のコーディネーターに着任し、南相馬市へ移住。当時は小高区の避難指示が解除されて1年半が経過したところで、町ゆく人の姿はまばら、仕事の進め方も探りさぐりだったという。西山さんは、起業家として着任するメンバーのサポートをしたり、活動報告冊子をデザインしたりと多岐にわたる仕事を担った。

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西山さんがデザインを担当して作ったNCL南相馬の活動報告冊子

任期3年のNCL南相馬でコーディネーターとして2年活動した西山さんは、2020年4月、自身が起業家へ転身する決断をした。

「コーディネーターと並行して続けていたデザインの仕事がありがたいことに増えてきて、両立はできるけど、どちらも中途半端にしてしまっている感覚をもつようになっていました。自分の役割みたいなものを考えるうちに、デザインを通して町に何か還元できる事業をやろうと決めたんです」

いろいろなカタチでみんなの表現を応援したい

「デザインやクリエイティブを身近に」を事業のテーマに掲げ、デザイナーやアーティストでなくとも表現にふれられる場をつくりたい。そんな想いで、2021年に「表現からつながる家『粒粒』」をオープンした。

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そのタイミングで、一緒に仕事をするメンバーもできた。それまではデザイン作業や入稿、納品だけでなく、クライアントとの打ち合わせや調整連絡、経理の仕事まで西山さんがすべて一人でやっていたが、得意な分野をメンバーに役割分担して仕事を任せられるようになり、お客様との関わり方も広がったという。

「地方でやりたいと思っていた、ブランディングの仕事ができるようになったのはこの頃からです。例えば、新しくできた南相馬市小高区のブルーベリーパーク「ぴぽぱ」さんからの依頼では、事業への思いを聞きながら農園の名前やコンセプトを一緒に考え、ロゴのデザイン、Webサイト製作、SNS運用のサポート、来客のきっかけとなるイベントの実施など、さまざまなカタチで伴走しました」

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ブルーベリーパーク「ぴぽぱ」HP(https://blueberry-pipopa.com/)
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子どもたちも参加できる倉庫のペインティングイベントを企画

「最終的にはクライアント自身が、自分たちで決めた事業コンセプトのもとで、自走できるようになるのが一番だと考えていて。ブルーベリー農園のみなさんが自分たちでアイデアをかたちにしている姿を拝見していると、お手伝いできてよかったなと思います」

西山さんの根底にあるのは、「表現する人を応援したい」という気持ち。誰もが表現することが当たり前になり、一人ひとりの表現に価値が生まれる社会を目指している。ワークショップをひらき、デザイナーでない人でも表現できる場をつくることも、事業者に伴走してやりたいことを実現することも、同じ気持ちでつながっている。

「クリエイターの作品がより多くの人に知ってもらえたり、持続的に販売できるようにしたりといった、ものづくり周辺をサポートすることもあります。2022年10月には、作業場で黙々と孤独に作業している、南相馬市内のクリエイター同士が共創できる場をつくりたいという思いから、『ひとつぶいち』という小さなマルシェイベントも主催しました。」

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「ひとつぶいち」にてクリエイターの作品を手に取るお客さんたち

クリエイターにとっては作品や活動を知ってもらう場に、地域に暮らす人たちにとっては表現にふれる場に。そう表現やクリエイティブと混ざりあえる場所は、だれもを表現者へと育んでいくのではとワクワクする。

自分を見失わずに、モノコトに向き合う人たちに囲まれて

南相馬市での活動を始めて5年が経った西山さんに、この場所で暮らし、仕事をする魅力を聞いてみた。

「ここにいると、予測不能なことが起きた時に、どうしたら自分らしく対応できるかということを考え、実践してる人がたくさんいることに気づきます。大きな災害や流行病など、何が起きるかわからない社会のなかで、自分を見失わずに判断をできる人。そういう人たちに囲まれているからこそ、自分にできることを真摯に考えたり、やりたいことを実現するためにスキルや情報をアップデートしたり......デザイン業だけにとどまらない、生きる力がつくような気がします」

人生は選択の連続だ。暮らす場所や働き方、今日着る服さえ、自分次第で変えられることはたくさんある。複雑な悩みや問題に直面した時も、繰り返す日常の中でも、「自分はこうしたい」という想いをやりすごすことなく、考え動ける自分になれたなら。

そんな一個人のモヤモヤも、まるっと優しく、でもしっかりと受け止めてくれる安心感がある西山さん。自分の気持ちを表現できず、くすぶっているような時には、ぜひ粒粒を訪ねてみてほしい。話をしながら、手を動かしながら、人生をデザインするあなたの表現を、きっと応援してくれるから。

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取材:2023年8月

文・写真 蒔田志保 Words &Photography:Shiho MAKITA


PROFILE
西山里佳(にしやまりか)さん 福島県双葉郡富岡町出身。東京で音楽やアパレル関連のデザインや、出版・広告のデザイン業務に従事。2017年にフリーランスとして「marutt」をスタートし2020年2月に法人化。2018年に起業型地域おこし協力隊のコーディネーターとして南相馬市に移住し、2021年5月に南相馬市小高区にデザイン事務所兼クリエイティブスペース「表現からつながる家『粒粒』」を開所。地域にひらかれたデザイン事務所として自分の表現にも他人の表現にも出会えるイベントなどを開催。