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農業の楽しさを伝えたい。 可能性は無限大です

農業の楽しさを伝えたい。 可能性は無限大です

アンスリウム。川俣町はこの色鮮やかな南国花の栽培を、東日本大震災と原発事故からの復興のシンボルとして2018年より本格的に始めた。早くも2021年には年間出荷量30万本を突破、全国有数の産地となっている。現在、町内12軒の農家が「かわまたアンスリウム」のさらなるブランド化と増産に取り組む。その中の一人、株式会社smile farm代表の谷口豪樹さんを訪ねた。

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花卉生産から観光農園運営、農業指導まで

「今年やっと、“新規就農者”を卒業して認定農業者になりました」。

立ち並ぶ巨大なビニールハウスを前に、谷口さんはそう言って笑顔を見せた。ここは川俣町山木屋地区。のどかな田園風景が広がる中、黒い外壁に『smile farm』と白抜きされた直売所が目印になっている。

谷口さんはいわゆる脱サラ就農組だ。アンスリウムの生産開始に際し、栽培農家の募集に未経験で手を挙げた。以来、丸5年が経つ。現在は約20種のアンスリウム7千株を育て、年間10万本を出荷する。他にもヒマワリなどの季節の花、イチゴ苗、水稲、加工品の生産に加え、イチゴ狩りなど観光農園も運営。さらに今年(2023年)は町から体験農園の管理を受託し、就農に興味がある人たちの作物生産を指導・サポートしている。

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それだけではない。多くの人に「smile farm」を訪れて楽しんでもらいたいと、花を使ったワークショップや農作業体験などのイベントを多数企画。直売所の横にピザ窯も備え、イベントでは収穫野菜を使ったピザを焼いて振舞うなど、楽しみの創出に工夫を凝らす。幼稚園から大学生、社会人まで体験や視察を幅広く受け入れ、各地の催事にも精力的に出展する。

これだけの仕事を谷口さんとスタッフ8名(うち常勤4名)でこなす。曰く自身の休みは「年に5日くらい(笑)」。ここに至るまでの試行錯誤も相当なものだったはずだ。何がそのモチベーションを支えてきたのだろうか。

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幼児園児たちも農業体験にやってくる(写真提供:smile farm)

福島、川俣、そしてアンスリウムとの出会い

そもそも谷口さんは川俣町の出身ではない。生まれは埼玉県。中学のときからプロゴルファーを目指し、農業とも福島とも無縁の環境で育った。大学卒業後は大手ゴルフ用品専門店に就職し、顧客サービス向上のため自らティーチングプロの資格を取得するほど仕事に打ち込んだ。水戸の営業店勤務時代に大震災が発生。直後から福島のために何かしたい気持ちはあったが、当時は仕事で手一杯だった。

それが2013年末、たまたま福島市の営業店に転勤となる。谷口さんは接客の仕事を通じてすぐ、「福島の人の温かさを知った」という。やがて山木屋出身の女性と知り合い2015年に結婚。このまま福島で暮らし続けたい。そう思い始めたとき、再び転勤の辞令が下った。悩んだ末、退職して福島に残る決断をした谷口さんに顧客の一人から「うちにこないか」と声がかかった。印刷関係の会社だった。そこで谷口さんは、社業に加えゴルフレッスンの新規事業を立ち上げるなど、引き続きサラリーマンとして仕事に励んだ。

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次の転機は、妻に誘われて義父の農作業を手伝ったことだった。震災前、山木屋で大規模な花卉生産を営んでいた義父は、原発事故で山木屋が避難区域になると、避難先の川俣町中心部で土地を借り、翌年にはもう花の栽培を再開していた。

「それを聞いて僕は最初、なぜ休まないんだろうと思ったんです。仮設住宅に暮らし、こんな大変な思いをしてまでなぜ働くのか。でもその姿を間近に見て、彼はそれだけ農業に命を懸けてるとわかった。かっこいいと思いました。実は、僕のゴルフ関係のお客様の中に被災地の方もたくさんいました。その方たちがゴルフをして気持ちが和らぐお手伝いをするのもいいけれど、それが僕の中の“復興”なのか?そんなモヤモヤした思いと農業への興味が重なったとき、ちょうど川俣町が復興のシンボルとしてアンスリウム生産を始めるという話を聞いたのです」

川俣町では2013年から近畿大学の支援でアンスリウムの実証栽培が行われてきた。そして山木屋の避難指示がようやく解除された2017年、町内農家11軒による「川俣町ポリエステル媒地活用推進組合」が発足。栽培農家が公募されたのだ。土壌の代わりにリサイクルしたポリエステルを使うという革新的な栽培方法。東京五輪会場周辺の装飾で使われることを目指すという夢。まさに「復興の花」。これで自分も復興に貢献できる――。谷口さんは迷わず手を挙げた。

「当時は憧れだけでしたね。最初は勤め先に相談して二足の草鞋を試しましたが、両立は無理だと思いました」

そこから専業農家として手探りの挑戦が始まった。

やり方次第で農業の可能性は無限大

生産者によってやり方が異なるというアンスリウム栽培も、同時に始めたヒマワリの栽培も、水やりから何から試行錯誤を繰り返した。最初のころは少ない収入を補うため義父の花やコメの生産も手伝い、「朝4時から夜7時くらいまで農作業する日々だった」という。

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アンスリウム生産がやっと軌道に乗り始めた3年目にコロナ禍が始まった。イベント会場装飾用花の需要が蒸発し、販売は激減。「このままならあと1年で終わりだと思った」谷口さんは、多角化のためイチゴの苗の契約栽培に乗り出す。翌年これを一気に10倍に増やすとともに事業を法人化。さらに、クラウドファンディングも活用して観光農園の開設を実現した。

最新の事業が「かわまた体験農園」の管理受託だ。50平米x30区画。農機具はもちろん十数種類の野菜の苗も無償で提供し、定期的な講習会も開催する。そこまでやる背景には、地域の農業の将来に対する危惧がある。

「この体験農園から30人の就農者が誕生したらすごいでしょう? とにかく多くの人に来てもらい、農業の楽しさを伝えたい。農業はもちろん楽ではありません。でも、やり方次第で可能性は無限大。身体を使うと同時に頭脳労働でもあり、だから面白いんです」

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smile farmには現在、観光農園や各種体験など含めて年間3~4千人が訪れるという。「これを1万人にする」というのが目下の谷口さんの目標だ。人口1万2千人に満たない川俣町でこれが実現すれば、それこそすごいことになる。

自分にしかできないことをやって「恩返し」を

「復興の花」に賭ける若き脱サラ就農者――。谷口さんのもとには、これまで多くのメディアが押し寄せてきた。取材に対応すればそのぶん農作業の時間は削られ、露出が増えれば聞こえてくるのは良い反応ばかりではない。それでもできる限り取材に協力するのは、自分が出ることで「山木屋が注目される」と思うからだ。

そもそも南国原産のアンスリウムを、冬の最低気温がマイナス2桁にもなる山木屋で栽培すること自体が大いなる挑戦だ。しかし谷口さんは、どれだけ難しくても「アンスリウムは絶対にやめない」という。「アンスリウムあっての僕だから」。

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なぜそこまで、と尋ねると谷口さんは「恩返し」だと答えた。自分を受け入れてくれた福島、やさしくしてくれた人々への恩返しだと。そして続けた。

「だれでもできることじゃなく、自分にしかできないことをやって初めて恩返しになる。だからこれは趣味でもボランティアでもない。やるなら徹底的にやる」。覚悟を決めた人の言葉は力強い。

今後の夢は「仲間を増やすこと」だ。いずれ体験農園を経て就農した人たちでグループをつくり、協力し合う仕組みを作りたいという。そして小さな2人娘の父親でもある谷口さんからは、こんなアイデアも次々と飛び出す。

「子ども専用のイチゴ狩り施設、子どもたちに農業の楽しさを伝える絵本。それからキッザニアの農業版もつくりたい。農作業体験だけでなく、とれた野菜を<スマイルコイン>と引き換えてsmile farm内で使えるようにするんです。うまくいったら<スマイルコイン>を町全体で使えるようにして……」

人々を笑顔にするsmile farm。その名のとおりの光景がこれからも続いていくに違いない。

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2023年6月取材

文:中川雅美(良文工房)  写真:及川裕喜 Words:Masami NAKAGAWA Photography:Hiroki OIKAWA


PROFILE
谷口 豪樹(たにぐち ごうき) さん 株式会社smile farm(スマイルファーム)代表
1987年埼玉県生まれ。大学卒業後、大手ゴルフ用品専門店に勤務。2013年、転勤で福島市へ。福島県川俣町出身の女性と結婚後、義父の花卉栽培の手伝いをしたことから農業に関心を持つ。2018年、川俣町ポリエステル媒地活用推進組合に参画し「かわまたアンスリウム」の生産を開始。2021年、株式会社smile farmを設立。現在は花卉のほか、イチゴなどの苗、水稲の生産、観光農園の運営などを行う。2023年より川俣町から体験農場の運営管理を受託。関係人口の増加、就農希望者支援などを通じて持続可能な地域の未来づくりに貢献する。

株式会社smile farm
住所▶福島県伊達郡川俣町山木屋字社前32-1
TEL▶070-4084-2799
インスタグラム▶    www.instagram.com/smilefarm_kawamata/ (smile farm)
www.instagram.com/goukitaniguchi/(谷口さん)
www.instagram.com/kawamatanouen1123/(かわまた体験農園)


谷口さんのおすすめの食材・お菓子
川俣町山木屋地区の在来そば「高原の宇宙(そら)」

参考)「高原の宇宙(そら)」として商標登録 山木屋在来そば販路拡大へ決意新た 福島県川俣町(2022/10/24民報)https://www.minpo.jp/news/moredetail/20221024101845