子育てが楽しくなる地域へ。コトハナが挑戦する関わり合いのデザイン
「ここで子育てをすれば、娘との暮らしが楽しくなる。そう確信したから、私は子育てのフィールドに富岡町を選びました」さらりと言う彼女は、富岡町在住の鈴木みなみさん。「いわき・双葉の子育て応援コミュニティcotohana(以下コトハナ)」の共同代表であり、自身も一児を育てる母だ。団体代表として、母として、2つの視点が交差する先に見えてきた富岡町の姿について、鈴木さんに伺った。
活動目標は「この地域での子育てを楽しくする」こと
鈴木さんが運営するコトハナとは、双葉郡と周辺地域の子育て世帯が抱えるリアルタイムなニーズを拾い上げ、それに応える活動を地域と連携して行っている。目指すゴールは、子育てを応援し合える地域コミュニティの醸成だ。立ち上げのきっかけとなったのは、鈴木さん自身が感じた子育て支援の必要性だったという。
「私が富岡町に住み始めた2019年当初、双葉郡は“子育てに関する情報が少なく、どこにあるのかが伝わりづらい地域”でした。加えて、私自身も子育てにさまざまな悩みを抱えながら過ごしていたので、“子育てによい地域づくり”や“子どもとの関わり方”をみんなで考えていけるコミュニティがあったらいいなという思いが生まれました」
そこで鈴木さんはコトハナを立ち上げ、「地域の子育てに関する情報」の収集と発信を行った。子どもの遊び場・医療機関・イベントなどの情報や、実際にこの地域で子育てをしている家族へのインタビューなど、現役子育てママとしての目で「この地域で子どもを育てるうえで役立つ情報」を厳選し、フリーペーパーとWEBマガジンで発信した。
加えて、子育て家族を対象とした交流事業も1つずつスタートした。子育てに関する情報交換や仲間づくりができる『ままカフェ」や、自然遊びを通して子ども自身の遊ぶ力を育み、町に子どもが遊ぶ風景をつくる『冒険ひろば」など。これらの事業を通して、鈴木さんが参加者に伝えてきたのが「この地域での暮らしを楽しくする提案」だ。自分たちの暮らしは自分たちで楽しくしていこう、コトハナの送るメッセージが誰かの行動のきっかけとなればと願っている。
こうした活動を続けるうちに、コトハナに関わる親たちの間にもコミュニティが生まれ、地域に笑顔が増えていった。親たちの暮らしへの姿勢が変わったと実感した瞬間は、「人とのつながりがあれば、ここでの暮らしは如何様にもおもしろくなる」と口に出す人が増えたと感じたときだ。「“子育ての資源が少なければ助け合えばいいし、困りごとがあっても深刻にならずに仲間と笑い合えばいい”“富岡町に来てからは人とつながるおもしろさを知って寂しくなくなった”とまで言ってくれる人もいるんですよ」と鈴木さんは目を細める。
地域と子どもが関わり合える場を
コトハナは子育て世帯だけでなく、地域の方に向けてもメッセージを送っている。それは「地域と子どもとの関わり方の提案」だ。その一環として現在力を入れている事業に『とみおか子ども食堂』がある。
とみおか子ども食堂は2020年秋にスタートし、現在も月1回のペースで食事を介した交流の場づくりを目的として開催されている。開始当初は10人ほどだったが、回を重ねるうちに参加者は増え、現在は30〜40名の規模に成長した。子どもだけでなく、子どもの親や、広い世代の地域住民も同じ食卓を囲んでいる。「子どもと必ず交流できる場」として子ども食堂を楽しみにしている地域住民は、いつも腕まくりをしながら料理作りや準備に協力してくれるそうだ。
現在はコトハナの活動に楽しみつつ参加して支えてくれる地域の方が増えたと感じるが、活動を始めたばかりの頃は、地域との関わり方も手探りの状態だった。「新しい事業をどんどん始めてしまえば、昔を懐かしむ人たちの気持ちを置いてけぼりにしてしまうのではないか……」地域の方との関係性を大切に思うからこそ、悩んだ時期もあったそうだ。
その不安を払拭することとなった、鈴木さんにとってターニングポイントは『ふたばで七五三お祝いプラン』事業だ。
この地域で見たかった風景は「子どもがいる日常」
子どもたちが、地域でハレの日を迎える。双葉郡でも当たり前だった慣習は、震災を機に大きく変わった。祝い事の際はわざわざ近隣の市町村へ出向いて神事や写真撮影を行う家族が増え、地域内で晴れ着姿の子どもを見かける機会は自然と消えてしまったという。
「七五三は本来、住んでいる地域の土地の神様との結びつきを強める神事です。その本来の趣旨どおりに子どもたちが富岡町でハレの日を迎えられるよう、神社やカメラマン、衣装などの手配をコトハナがサポートする事業を始めました。いざ迎えたお祝いの日、子どもたちの晴れやかな姿を見た地域の方が、子どものご家族と同じように喜んでくれたんです。その顔を見たときに、“地域の人たちはこういう風景が見たかったんだ”と気づきました」
「誰と、どこで暮らしていくべきか」を考え続けて、暮らしの大切さを体感しているこの地域の方だからこそ、晴れ着姿の子どもたちが歩く風景に特別な意味を感じたのでしょう、と鈴木さんは続けた。今でも当時のことを思うと、胸に熱いものがこみあげ、チャレンジする勇気をもらえるそうだ。
2021年に富岡町で始めたこの七五三お祝いプランは、翌年は楢葉町・広野町でも開催され、今後は双葉町での開催も企画する予定だという。双葉郡に住む子育て世帯数は年々増加傾向で、それに併せて「子どもがいる日常が戻ってきた実感」を地域にも伝えていきたいと話した。
「私が大好きな富岡町で」娘にもたくさんの出会いと経験を
県外出身の鈴木さんが、富岡町とはじめて縁をもったのは学生時代。避難生活を送る方との交流事業に参加し、そこで住民の方々が活き活きと話す「思い出の富岡町」の姿が心に強く焼き付いたそうだ。
そして現在、鈴木さんは富岡町に移住し、当時は思い出話として聞いていた富岡町の風景を娘と見つめている。雄大な海や夜の森の桜。町の人たちが誇りにしていた風景は想像以上に鮮やかで、今でも母子のお気に入りのスポットが増え続けているそうだ。
鈴木さんが子育てのフィールドとして富岡町を選んだ理由は、魅力ある人たちがたくさん住む町だと感じたから。心の包容力がある人たちが住む町で、娘にはたくさんの出会いと経験を得てほしい。そして大人になった時、富岡町で子ども時代を過ごせてよかったと思い返してほしいと願っている。
「地域の方は現在小学1年生の娘を気づかい、さまざまな関わりを持ってくれています。娘も自分に心を開いてくれている人を信頼してなじもうとしている。その姿にたくましさを感じます。親兄弟のような人がたくさんいる、この富岡町のあたたかい環境が私にも娘にもありがたいです」
鈴木さんにとって富岡町とは、「人と心からわかり合う経験」をさせてくれる場所。人とつながることのおもしろさを教え、人付き合いの価値観をがらりと変えてくれるパワーがあるという。魅力あふれるこの地域の未来を、娘と、そしてこれからも共に生きる町の人たちと一緒に紡いでいきたいと話した。
「子どもの視点で町を見ると、町の成長に必要な要素がよりクリアに見えることがあります。子どもたちみんなに、大切なことを教えてくれてありがとうと伝えたいです。これからも子どもたちの目を通して、町の未来の姿を描く挑戦を続けていきます」
地域の未来、そして娘の未来を思い浮かべる鈴木さんの顔はひときわ輝いて見えた。
取材:2023年5月
文:橋本華加 写真:中島悠二 Words:Haruka HASHIMOTO Photography:Yuji NAKAJIMA
PROFILE
鈴木みなみ(すずきみなみ)さん。 山形県真室川町出身。1990年生まれ。2019年に娘と共に富岡町へ移住。町づくり会社「とみおかプラス」に勤務する傍ら、任意団体「cotohana」の活動を始める。2022年からはcotohanaの活動に専念し、子ども第一の生活スタイルに転身するためフリーランスへ。現在小学1年生となる娘と共に、富岡町での暮らしを楽しんでいる。
いわき・双葉の子育て応援コミュニティcotohana(コトハナ)▶︎https://cotohana.net/