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自分のまわりで起こる熱狂の渦の、 できるだけ中心にいたいんです

自分のまわりで起こる熱狂の渦の、 できるだけ中心にいたいんです

南相馬市小高区で小髙パイオニアヴィレッジのコミュニティマネージャーを務める野口福太郎さん。早稲田大学を卒業した後、東京での就職を選ばず、故郷でもない福島へ移り住んだ。なぜ世間一般でいう順当なフラットロードではなく、予測不能なダートロードを選んだのか。自身が考える未来へのビジョンと、そのロードマップを伺った。

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アドレスホッパーから教わった

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取材は小高ワーカーズベースが展開するコワーキングスペース兼情報発信基地『NARU』にて。「人が足りなければこうしてヘルプにも入ります」とのこと

早稲田大学文化構想学部に通い、大学生活を続けた3年生の1月。就活時期になり、周りに流されるように就職活動を始めたものの、なかなかピンときた企業に出会えずにいた野口さん。そんな中、バイト終わりにたまたま寄ったゲストハウスが今後を左右するきっかけになる。

ゲストハウスには、様々な人が集まるが、なかでも気になったのが「アドレスホッパー」と呼ばれる人たちの生き方だった。いわゆる、住所不定ともいえる彼らと仲良くなると、その行動力とネットワークの広さに驚いた。同時に、様々なところへ連れて行かれたが、振り返ってみると、それが東京以外の地域とのつながりのはじまりだった。

次第に自身もアドレスホッパーとなり、様々な場所に繰り出すように。そこで出会ったのが、地方経営者の右腕を育てることを目的としたイベントだった。現職のコミュニティマネージャーの募集はそんな流れの中にあった。

「アドレスホッパーをしていると、つながりによって生かされている。人とのつながりの中に幸福度を感じるようになる」んです、という野口さんとって、まさに「僕のための求人だ」と感じたと言う。テレビで見る被災地復興とは裏腹に、時が止まったような双葉や浪江地区を見て、「スルーしちゃいけない。ここに行かないといけない」という思いも同時に抱いたという。

自分が予測できないところへ飛び出した理由

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言葉を選びながらも、出てくる話はどれも独特の世界観

完成された大きな組織であれば、ある程度キャリアパスは予測できる。しかし、野口さんにとっては「浜通りは沢山の空白や余白があり、生み出せる未来があると思いました」と言う。

「完成された社会や組織というのはいわばレッドオーシャンのようなもの。自分のポジションを獲得するのはそれはそれでたいへんでしょう。けれどもここには自分をポジションする余地だらけですから」

もちろん、就活に勤しむ同い年の友人や周りからは驚かれたそうだ。しかし、周りと同様の選択をして埋もれるよりも、人と違う選択をしたほうが自分にとっては有益で輝けるはずという自身の考え方に賭けてみた。

さて、福島へ移住することを決意したはいいが、ここに大きな壁が待ち受ける。移住した2020年の春は新型コロナウィルスが猛威をふるい、最初の緊急事態宣言が発令されたタイミングと重なってしまった。4月5日から始まった福島での生活は1週間の自主隔離の期間を経て、幕を開けることとなる。

コミュニティマネージャーが生み出せる魅力

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『NARU』は繋がりたい人のための接点でもあることがわかる

就職した先は     小高ワーカーズ ベース。役割は「コミュニティマネージャー」という聞きなれない職種だった。野口さん曰く「要は人と人をつなぐ役割です。誰が、どこで、どんな活動をしているか、どういう思考で、どんな未来を描いているか。こうして一度人と人の繋がりが分断してしまった地域には、元から居た人と、新しく入ってきた人の間にはもちろん、世代や職種などすべてに接点役が必要なんです」とのこと。

小高ワーカーズベース代表の和田智行さんは小高のみならず浜通り地区における地域新興のプレイヤーとしてよく知られた人物だが、果たして野口さんに対し、具体的な仕事の指示はなかったという。“コミュニティにおけるコミュニケーションを円滑にすること”。まず野口さんは前例も指示もない道の自分の仕事をそう定義しみた。とはいえ、世界は貝のようにコミュニケーションの口を閉じた状態。まずはオンラインコミュニティでアクティブな状態のところに参加することからはじめた。動き出すこと自体が仕事のようなものだったそうだ。

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オンラインの会合などに積極的に参加する一方で、数少ない対面での会合やそうして知り合った人たちの誘いは決して断らなかった。そうこうしているうちに自分のように移住してきた先達たちからも人を紹介してもらえるようになっていったそう。つながりの輪そのものの規模が大きくなかったからこそ、交流会といったものがなくても、自然と繋がっていくことができたんじゃないかと野口さんは振り返る。

自身の異邦人としての経験は結果、三年と半分ほどを経たいま「ようやく機能してきたんじゃないかな」という状況だそうだ。事実、あらたに移住してきた人たちからは人ヅテに野口さんの名前を頼って連絡してきてくれることも増えてきた。新規参入企業からの問い合わせを受けることもある。

「人との繋がりの中に幸福感を感じながら、さらに人と人をつないでいくと、新たなコトが生まれる。そこに自分のオリジナリティを見つけたいですね」

モノで得られる快楽は長続きしない

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取材当日も数名の利用者が黙々と仕事をしていた

コミュニティマネージャー就任からはじまった相馬市小高区での生活。現在は株式会社小高ワーカーズベースが運営するコワーキングスペースであり、コミュニティ拠点でもある『小高パイオニアヴィレッジ』事業責任者としても忙しい毎日を過ごしている。そのうえで今後はより積極的に企画提案もしていきたいと豊富を語る。

「スポーツサイクルの普及やシェアサイクルができたらいいですね」

浜通り全域において公共交通機関の便があまり良くないことは、地域交流はもちろんのこと、国内旅行者にとってもインバウンド需要を見込んでも、早晩問題になるはずで、そこに注力してみたいとのこと。まずは、いらない自転車をかき集めるところからはじめて、協力者を募っている段階だ。手元に動かせる自転車は、まだ数台しかないが、同様の考えをもつ人たちとの交流はすでに始まっているそうだ。

そんな野口さんにあらためて浜通りに住み続ける理由を聞いてみた。

「モノで得られる快楽は長続きしないと思っています。それよりも、自分が活動したり関わったりする事で起こる熱狂の渦の、できるだけ中心にいたいんです」

福島、こと浜通りではどこかで誰かが新しいコトという渦を起こしていて、その渦に参加したり、自ら起こすことに関わっていたいのだと野口さん。同時に「踏み出そうとしている人に対して、夢を追いかけられる場所」とも。

「何にでもフィットできてしまう人間ならば工場製品、いわばロボットのようなものですよね。凸凹であるからこそ、人と人が繋がり、結びつき合う必要があるんだと思います。コミュニティマネージャーはそういう仕事でではないかと思います」

自分の流動性をあげていきたい

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「多様なものを受け入れられるように居続けるためには、自分自身が変化していく必要があると思っています。そのために、住む場所や環境などを変えることも有益ならば、多拠点生活というのも考えますね」

とはいえ、しばらくはアドレスホッパーとしてではなく、南相馬を中心に野口さんが起こす「渦」に期待したい。

取材:2023年5月

文:小川直樹 写真:高柳健 Words:Naoki OGAWA Photography:Ken TAKAYANAGI


PROFILE
野口福太郎(のぐち ふくたろう)さん。埼玉県浦和出身。2020年に福島県南相馬市、小髙に移住。現在は小高パイオニアビレッジのコミュニティマネージャーとして施設の管理やイベント企画など多岐にわたり業務を行っている。

H.P. 『小高パイオニアヴィレッジ』(https://village.pionism.or.jp/