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人と物語をつなぐ場所 古民家カフェ「秋風舎」のこれから

人と物語をつなぐ場所  古民家カフェ「秋風舎」のこれから

阿武隈高地の中央に位置する人口2300人ほどの小さな川内村。ここに2023年4月、カフェ「秋風舎(しゅうふうしゃ)」がオープンした。両親が大切に守り育んできた築200年の古民家を再生し、カフェに生まれ変わらせたのは、まだ20代の志賀風夏さん。オープンから2ヶ月。秋風舎は「人と人をつなぐ場にしたい」という想いどおり、村内外から人が訪れ、軽やかな会話が生まれる場になっている。「生まれ育ったこの場所が好きだから、守りたい」という志賀さんが見つめる川内村のこれまでとこれからを伺った。

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古民家を巡る30年の物語

梅雨入り間もない6月。広葉樹の山林に囲まれ、川に面した住まいにはせせらぎが響く。庭のカエデの枝には、希少なモリアオガエルが生んだ卵がいくつもぶら下がり、オタマジャクシが手作りの池にダイブする……。

まるで絵本のような自然に囲まれた「秋風舎」は、志賀さんの両親が大切に育んできた場所だ。

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庭の木に産卵したモリアオガエルの卵

「秋風舎」の誕生は30年前にさかのぼる。当時、陶芸家である志賀さんの両親は、アトリエを開く場所を探していた。そんなときに出会った古民家が現在の「秋風舎」だ。

いわき市にあったその古民家は道路拡張のために取り壊しが決まっていた。「貴重な建物なので残せないだろうか」と相談を受けたふたりは「この建物はどうしても保存しなければ」と強く感じ、引き取りを決意。移築できる広い土地を探して行きついたのが、川内村だった。  

しかし、古民家再生は一大プロジェクト。川内村までの約40キロの道のりを移築するには、家を一度解体し建て直す必要があった。

「両親は古民家の移築のためにお金を費やしてしまって、住む場所がなくなってしまったんです(笑)。それで近くにアパートを借り、私が小学校に入る前まではそこに住んでいました。それほど、この古民家にかける愛情は大きかったのだと思います」

移築した古民家には「秋風舎」と名付けられた。『秋』は祖母から、『風』は風夏さんの名前から付けたという。

「秋風舎」は、アトリエに訪れた客や友人たちをもてなす交流スペースとなったり、陶芸教室に食事会、音楽好きが集うコンサート会場となったり、文化サロンのような役割を果たしながら、志賀さんの成長とともに時を刻んだ。  

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秋風舎に続く小径に咲く花々

しかし、穏やかな日々は東日本大震災によって途絶えた。川内村は福島第一原子力発電所から20〜30キロ圏内にあたることから、震災から5日後に全村避難を実施。一時は鎌倉に避難をしたが、川内村のことを忘れたことはひとときもなかった。

「父は避難先の鎌倉でも村から持ち帰った野草をスケッチしていました。村が恋しくて、2012年の避難解除後にはいち早く村での暮らしを再開させました」

村の景色と文化を守り伝えていきたい

高校がない川内村は、進学とともに多くの若者が村から離れる。志賀さんも祖母宅に居候しながら相馬市の高校に通っていた。震災が起きたのは高校1年生のときだ。一度村を離れた経験は、村への想いをより強くさせたという。

高校卒業後は、福島大学の美術科へ進学。しかし、周りと自分の美術への向き合い方にギャップを感じ、うまく馴染むことができない自分がいた。湧き上がってくるのは、村へ戻りたいという想い。大学を中退することを決意し、2017年にUターンをした。

志賀さんは川内村ゆかりの詩人・草野心平の記念館「天山文庫」の管理人をつとめながら、陶芸などの創作活動に励んだ。再び暮らすようになってみると、川内村ならではの魅力をより感じるようになり「素晴らしい村の景色と文化を守り伝えていきたい」という気持ちが強くなったという。

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村の担い手として活動するようになった志賀さんのもとには、福島大学のゼミがフィールドワークに訪れるようになるなど、村に新しい風が吹き込まれた。

「震災後、村のために何かをしたいという人が多く来てくれたのですが、村の人たちと気持ちがすれ違いになってしまうことも多くて自分に何かできないだろうかと考えていました。村の外の人と、村の人が気軽に交流できるような場所があればいいなと思ったときに、『カフェならどうだろう?そうだ、秋風舎だ!』ってひらめいたんです」

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志賀さんは倉庫がわりになって使われなくなっていた古民家をカフェとして生まれ変わらせることを決意。

当初は屋根や壁の傷みが目立つ建物を10年がかりで少しずつ修繕する予定だったが、2021年に浜通りで起業する若者支援「HAMADORIフェニックスプロジェクト」の第一期生に採択され、急ピッチに話が進んだ。

川内村の魅力に触れるきっかけに

2023年4月、古民家カフェ「秋風舎」がオープン。幸いなことに、30年前に移築をしたときの村の大工さんが改修を手掛けてくれ、昔の趣を残したままカフェに生まれ変わった。

カフェに配置されるテーブルや家具は、父が作ったものや知人から譲り受けたものだ。

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志賀さんの父・敏広さんが制作した一枚板のテーブル

料理も「食いしん坊で昔から料理が得意だった」という志賀さんが担当。スパイスの効いたカレーや村の野菜を使った季節料理のほか、モリアオガエルの生息地として知られる川内村の平伏(へぶす)沼をイメージしたメロンソーダなど、川内村をこよなく愛する志賀さんらしいメニューも好評で、村の人はもちろん、遠方からもこの場所を目指して多くの人が訪れる場所になっている。

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「地域の人たちと移住者、村を訪れた人たちが気軽につながる場所にしたかった」という通り、秋風舎では今、人と人がつながる風景が日常のように広がっている。「川内村の魅力に触れるきっかけになれていたらうれしい」と志賀さんは顔をほころばせた。

次の目標はゲストハウス作り

志賀さんには新しい目標もあるようだ。それは村で目立つようになってきた空き家問題へのアプローチ。

「女の子が1人で来ても安心して泊まれるゲストハウスを作りたいです。川内村はワイナリーもあり、面白いお酒を作っている人もいるのですが、飲んで泊まるところが少ないんです。気軽に泊まれて、朝窓を開けて『緑がきれいだなあ』って思ってもらえるような場所があったらいいなあと思っています」

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村には空き家が目立つが、まだまだ有効に活用できていない。志賀さんは古民家を再生させ、利益を生み出せるモデルケースを作っていきたいとも考えている。

次々にアイデアを実現させていく志賀さん。村のキーパーソンとして周囲の期待も大きいが、軸足を置くのはあくまで、今いるこの場所。父が残した秋風舎と家族の暮らしだ。

「生まれ育ったこの家が好きなんです。この場所を守るため、そして、大好きな川内村で暮らし続けていくために、自分にできることはやり続けていきたいです」

志賀さんはその手で川内村の新しい歴史を作っていく。

取材:2023年6月

文/写真:荒川涼子 Words&Photography:Ryoko ARAKAWA


PROFILE
志賀風夏(しがふうか)さん 川内村生まれ。阿武隈山系の自然豊かな環境で、陶芸工房を営む両親のもとに育つ。進学のため村を離れていた高校生の時に被災し、一時は一家で鎌倉に避難した。大学で美術を学び、2017年に帰村。詩人草野心平ゆかりの資料館「天山文庫」の管理人などを勤め、村の復興を支える若手として注目を浴びるように。浜通りの若手起業家を支援する「HAMADORIフェニックスプロジェク ト」の第一期生に選ばれ、2023年4月、築200年を超える古民家を改修したカフェ&ギャラリー秋風舎をオープンした。

秋風舎Instagram ▶︎https://www.instagram.com/syu_fu_sya/?hl=ja